
北海道におけるアメリカの外交活動の歴史(1865より現在まで)
函館での領事館の歴史
| 1854 | 神奈川条約により、下田、長崎と共に、箱館(現在の函館)をアメリカ船への燃料、水等の補給港として開港 |
| 1865 | 1865年1月18日 - 1870年11月2日 初代領事 Elisha E. Rice |
| 1870 | 1870年11月3日 - 1871年5月15日 領事 Ambrose A. Dun |
| 1871 | 1871年5月16日 - 1871年7月14日 副領事 Nathan Emory Rice |
| 1871 | 1871年7月15日 - 1871年10月6日 領事 Elisha E. Rice |
| 1871 | 1871年10月7日 - 1872年3月31日 副領事 George E. Rice |
| 1872 | 1872年4月1日 - 1875年11月6日 領事 John Hart Hawes |
| 1875 | 1875年11月6日 - 1876年10月5日 副領事 Merriman C. Harris |
| 1876 | 領事館が代理領事事務所に再指定される |
| 1877 | 1877年1月3日 - 1879年2月12日 代理領事 Merriman C. Harris |
| 1879 | 1879年2月12日 - 1880年8月25日 代理領事 John H. Duss |
| 1880 | 1880年8月25日 - 1882年9月19日 代理領事 William C. Davisson |
| 1882 | 1882年9月19日 - 1883年7月18日 代理領事 Lee W. Squier |
| 1883 | 代理領事事務所は一時閉鎖され、以後20年間は代理領事不在 |
| 1904 | 1904年3月2日 - 1918年9月30日 代理領事 Edward Julian King |
| 1918 | 1918年11月15日、米国国務省が在函館代理領事事務所を正式に閉鎖 |
領事館が札幌へ移動
以後30年間、北海道における外交・領事活動は行われませんでした。函館は依然として活気のある貿易港でしたが、第2次世界大戦終結後、道庁所在地である札幌が領事館所在地に選ばれたのは必然の成り行きでした。平和条約締結前、米国外交使節は、連合軍最高司令官に所属の政治顧問札幌事務所として再開されました。
| 1950 | 1月、William L. Magistretti が政治顧問として札幌に着任。続いて10月、Richard Finn、翌1951年2月にはDavid L. Osbornが着任。当時の事務所は伊藤邸(現中央区北5条西8丁目)内に設置されました。 |
| 1952 | 1952年4月28日,平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効、政治顧問事務所は在札幌アメリカ領事館となる。 |
| 1955 | 領事館が北1条西13丁目に移転。 |
| 1961 | 領事管轄区域が岩手県、秋田県、青森県の東北3県に拡大 |
| 1975 | 領事管轄が宮城県を含む区域に拡大 |
| 1978 | 領事館が現在の円山公園に隣接する場所(中央区北1条西28丁目)に移転。 |
| 1986 | 11月21日、領事館から総領事館に昇格。 |

